Interview 今村龍之のセッションについて 生きているものは、止まっていない 【インタビュー ロングバージョン】

身体の方を合わせがち

今村さんはいまされているワークを、トレーニングやストレッチでなく、「セッション」と呼んでいる。

今村そう言いたいです。

その言葉には、一方的に施すというより、「一緒にやる」ニュアンスがありますね。

はい。クライアントの方にくらべると運動の経験が多かったり、普段から知識を入れている分、「こういうことをしてみると身体がどうなりますか?」と提案して、その場で、あるいは翌日以降に身体がいい方向へ変わってゆくか反応を見る。それを互いに確認して進めてゆく感じです。

僕が導くものではないし、教えているつもりもなくて。コーチングでもない。

本人は、頭に入ってきた情報を信じて、身体をそっちに合わせがちです。たとえば「こういう歩き方がいい」とか、デスクワークの多い人なら「座り方が悪いから腰が痛くなっているんじゃないか」とか。

でも「姿勢」の扱いは高等技術で、普段から運動している僕らのような専門職でもずっと同じ姿勢でいるのは難しい。それほど運動していない方が「いい姿勢はこうだと書かれていたから」とやろうとすると、身体に無理をかけてしまうんじゃないかな。

逆に。

はい。実態のない「正しさ」に合わせて、頭の方が優位になって、実際の身体に無理が生じる。仕事で頑張った上に、さらに負荷をかけてしまっていたり。

単純な話、同じ姿勢でいると身体はだんだん辛くなってきます。その声を聞かずに、「姿勢が良くないから痛くなっている」と、感じていることを得た情報の方に紐づけてしまうことがあるんじゃないでしょうか。

外の指標や道しるべを追いかけて「そうすれば健康になるんですよね」「良くなるんですね」と考えるのは楽かもしれない。けど実態はどんどん離れてしまって、自分の身体は見えていないんですよね。

良い姿勢と、身体が「いい」と感じる姿勢

そうじゃなくて、視点や意識をもうちょっと自分の身体の状態に向けるのが大事だと思うんです。
たとえば「猫背をなんとかしたい」と言って来始めた人がいたんです。

どのくらい前に?

7年前。先に旦那さんが「セッション」を受けてくださっていて、奥さんも、と。写真の中の自分の背中が丸くなっているのを、すごく気にされていていました。

頭の中には「良い姿勢」のイメージがあって、それに自分を近づけようとしていて。

一般的なトレーニングでは「背中の筋肉が弱い」とか「腹筋が弱いから姿勢が崩れるので、そこを鍛えましょう」と、身体を鍛える方法で取り組みます。けど、良い姿勢をつくろうと意識すると、なかなか思うようにいかない。そのつもりがなくても、全身が力んで硬直してしまう。

それで、あるとき思い切って「力を使うのをやめてみましょう」と提案したんです。自分はトレーニングの世界を経験してきましたから、「力を使わずにすごす」のは当時すこし勇気がいることでした。
でも、時間をかけて少しづつ変化があらわれてきた。良い姿勢と、現時点のご自分を比べなくなっていった。言葉づかいや、セッション後の姿もどことなく力が抜けて楽な感じで立っていらっしゃって。

「良い」と頭で考えていた姿勢と、身体が「いい」と感じる姿勢の違いを、ご自身がわかるようになってきた。

最近は仕事の考え方も変わってきたようで、以前は「自分がなんとかしなきゃ」と思うことが多かったけれどそんなことを思わずに仕事ができるようになりました、とおっしゃっていた。

身体がそうなったように、頭が心配していることと、実際の状態の違いが見えるようになってきた。

だと思います。最近は身体を動かしながら、ご本人が「あ、これは良くないですね」と自分で気づくようになってきている。僕はそばで見て、手助けをしながら、新しいアプローチを提案している感じです。

「セッション」のはじまり方

「セッション」は、本人がそうできるようになっていくことを可能にする、サポートであり時間である。

はい。毎回のセッションでは、まずご自分の状態を確認してもらって。 「いまこんな感じです」と僕から伝え。「じゃあ次はこうしてみようかな」と気づいていく人もいますし、こちらからも提案したり。

身体の状態を確認しに来ている方もいます。1時間なり90分という時間を自分の身体のためだけに費やせるので、忙しく働かれている人の中にはそこに価値を見出している方もいます。
普段は自分なりに運動されていて、月に一回僕との時間をすごしに来る人もいますし、1時間くらいずっと寝ている人もいれば。人それぞれです(笑)。

最初は、どんなふうに始まるんでしょう?

大半の方が「どこどこが痛い」とか、なにかしら問題意識を持っていらっしゃるので、まずその問題にアプローチします。

ある程度痛みが取れるとか、身体が楽になるとか、わかりやすい感覚の変化が訪れるところを目指していく。そこはやっぱり早いうちに解決してあげたい。

抵抗感なく始められるように、身体を驚かせないようにアプローチしながら、互いに状態を確認していく。
で、わかってきた〝感じ〟をもとに運動の提案をしてゆくんですが、動かすのは本人なので、その方の日常を尊重しながらやり取りを交わして進んでいく感じですね。

身体のどんなところを見てゆくんですか?

大体決まっています。まず最初は仰向けに横たわってもらって、足を持ったときに、上半身とのバランスが見える。その重さを感じながら、あと本人の力の入り具合を見ていると思います。

どのくらい力が抜けるか。相手に預けられているか。

あとはこちらで動かしながら、筋肉のテンションと、関節がどの方向に曲がるのか方向の癖を見てゆくと、普段どんなふうに動かしているか、どこに力をかけているかなんとなくわかるので、それを提案に繋げていく。

身体へのアプローチは、他人が「これがいい」と言うことではないと思っています。
クライアントが身体を動かして「いい」とか「ちょっと違う」とわかるようになる。「セッション」で、そういう感覚を持てるようになるのがいいと思うんです。

身体は自由度が高い

たとえば一般的な知識にもとづいて「膝はこう曲がるものだからこう曲げてください」と働きかけると、逆に無理がかかって痛みを悪化させたり、ぎこちなさの中で膝を動かす経験を増やしてしまうこともあります。

曲がる・曲がらないという境界線も一定でなく、すごく変化するので、身体と対話をしながら経過を観察してゆく。

動きの幅を、知識で狭くしないのは大事なことだと思います。身体は自由度が高いんです。

「関節はここまでしか曲がらない」と言われていても、たとえばヨーガをしていたら曲がっていることはある。身体は違和感を感じていないし「いける」と感じているわけだから、知識からしたらどうであれ、本人には「いい」んですよね。

「弱いから鍛えなきゃいけない」とか「自分の身体はここまでしかいかない」と頭で決めてしまっていることが多いけど、鍛えなくても良くなってゆくケースもあるし、すでに柔らかくなったり状態が変わっているのに「硬い」と決めつけてしまっていることがあったりする。

それは、どうかかわるといいんでしょう?

時間をかけて。身体が変わっている実感が持てるように、いろんなアプローチをくり返したり。「前よりも伸びているの気づいてますか」「あれ?そういえば」といったやり取りを交わしながら、本人の既成概念を一緒に外していく。

で、外せるようになると身体の捉え方が変わってゆく。「痛いと思っていたけど、ただ怖がっているだけだった」とか「こんなこともできるかもしれない」とか。「こうしなければ」と思っていた身体の、捉え方が変わる。

身体はきわめて具体的なのに、概念と事実の乖離があるんですね。

それはすごく感じます。

そうした「セッション」のアプローチに、今村さんが至るまでの経緯は?

スポーツ選手が怪我をした際のリハビリや、現場での応急処置を担う「アスレティック・トレーナー」という国家資格がアメリカにあります。最初自分はスポーツの現場で働こうと思っていたので、日本の国家資格ではないけれど、国内の専門学校でまずそれを取得しました。

卒業後に働いた施設は、筋トレのマシンが並んでいるジムとはすこし違うところで、どこかが痛くなった人や、痛くならないための運動、機能に即した身体の使い方、リハビリテーション。そんなトレーニングを行っているジムでした。

10年働いて。独立してパーソナル・トレーナーになって。最初の何年かは、そのジムの経験と知識でやっていたんです。

でもだんだん変わってきた。本を読んだり、それまでのトレーニングと違う身体の動かし方を体験してゆく中で。

たとえば呼吸ひとつにしても、ヨーガの呼吸法もあれば、武術の中にもまた別の呼吸法がある。それらを通じて目の前にいる人の身体の見方が変わり、アプローチの内容も変わっていった。

自分の身体とコミュニケートする

今村さんは、その人が、自分の身体とコミュニケーションをとってゆくことを大事にしている。

すごく大切にしています。

でも身体は「喋って」はくれません。身体の声を聴くとか、身体とコミュニケーションするということを、もうすこし具体的に言うと?

考えてあげるような感じですかね。身体は言葉を発しないけれど、言わんとしていることに折り合いをつけるというか。頭の方が降りてあげる感じで。

「本音と建前」みたいな言葉でいえば、「建前」は頭が抱いていて、「本音」は身体の方が持っている感じがします。

良くしたい気持ちが皆さんあると思うんです。そのときに、外の指標をあてにするのではなくて、自分の身体の、居心地がいいところ、感覚的にしっくり来るとか、この人といると楽だなとか、身体の方に重きを置く。

例えば「足が向かない」とか「目が離せなくなる」とか、そんなふうに身体は〝感じていること〟を表現しますよね。それを汲む?

感じ取れるようになっていくのは、すごく大切なことだと思っているので、その手伝いができればと思う。

でも感じているのに、自信を持てずにいる人がいる。「気のせいかもしれないけど」と前置きをしたり、「わからない」と感覚を閉ざしてしまっていたり。

責任というと硬いけど、身体が感じていることに〝応答〟できるようになるといい。

本人自身がわかるように

私もこの数ヶ月一緒に「セッション」を体験していて、身体を動かしていると、すこし変わるときがあります。たとえば「あ、もうちょっといける」とか「動く」と。今村さんは「余白が生まれる」と言っていましたっけ。その感覚を掴む。身体とコミュニケートするというのは、「変化していることに気づく」ことなんだなと受け取っています。

そう本当に。常に変化しているので、基本的にはその人にしかわからない。で、外の規範的な「答え」はだいたい静止している。「健康な状態」とか、止まってるんですよね。

変化してゆく身体をみる。

僕も最初からそうだったわけではないけれど、「常に変化している」ことを、自分自身が感じられるようになった。「あ、変化しているんだな」「一定じゃないんだな」ということがわかった。

例えば「バランスをとる」というと、ある一点にとどまることだと思いがちで、それが崩れることに抵抗感のある人が多い印象があります。一本の木のように立ってるのがいいと思っている。

けど、揺れていることがバランスを取ってゆくことなんですよね。ある一点にとどまろうとして、力みが生じたり、ときに執着まで生まれてしまうのは、むしろバランスが崩れている状態だと思います。

身体の中は刻々と変わっている。外の状況も変わっている。止まることのない世界の中で、「健康な状態」とか「いい姿勢はこれ」と、静止している概念を取り込もうとするとやっぱり無理が生じる。

うかがっていると「庭」のようですね。それぞれの身体がその家の庭で。日常的な手入れは本人がしているけど、定期的に庭師の人が来て、一緒に状態をみて必要なことをする。木や土に触れて状態を見て、客観的な意見を伝えながら「じゃあこんなふうにしてみましょうか」と提案してくれて、一緒にやり、「しばらく様子を見ましょうか」と言いながら次の予定を決めて別れる。似ていません?

(笑)「庭師」を名乗りたいわけじゃないけれど、人の身体についてそういう見方やかかわり方をしていると思います。

そんな取り組みをしている、ということは伝えたい。固定的なものではないんですよね。いつか本に書いてみたり、それに共感してくれる人たちと時間をすごしていきたい。

いや共感しない人とも。そこで僕も多分いろいろ感じると思う。やり取りの中で「僕はこう考えています」と表現しながら、その上に立ってやっていきたい。

「庭」の比喩がまとはずれでないとしたら、ゴールはないですよね。

これが、ないんですよ(笑)。

もうすこし詳しく。

一般的なトレーニングでは「週に何回来てください」とか「これぐらいはやってください」と指示が出されると思うんですが、僕の場合はそれすらもない。

その方が「もうよし」となれば、そこでいったん終わりましょう、というスタンスです。

ご本人が身体と相談して「このぐらいでいいと思います」となったら、本当にそれでいい。やめどきがわからないまま、ただただつづけるのはあまり良くないと思います。このセッションを自分の身体が必要としているか、していないかという境界線を、本人が判断できるのが大事だと思う。

自分の感覚で幕引きをする。

そうですね。たとえば病院で「じゃあ次また来てください」と言われてエンドレスで通わなきゃいけない感じになってしまうことがあると思うんですけど、そういうのは避けたい。

自分の身体について、本人が感じて、考えて、判断できる。オーナーシップを十分に発揮できるようになれば、それが一つのゴールである。

そんな働きができたらすごく嬉しいです。

「セッション」は、つづけている人はけっこう長い。短期間で激変させるアプローチではないので、やっぱり数年くらいかかるんです。そこまで行かなくても半年ぐらいのあいだ、月1回とか、多くても隔週で時間をいただけたら、互いに結構わかってくるんじゃないかな。

すこし体験して離れてゆく人は、五分五分かな。いまはすこしハードルが高くなりすぎている気はします。

(インタビュー:西村佳哲 2023年初春)

写真 今村龍之

Profile

今村龍之 | Tatsuyuki IMAMURA

1985年新潟県生まれ。Responsive body主宰。2006年 東京・恵比寿でプロアスリートなどが行うトレーニングやリハビリテーションを一般の方に提供する運動施設で働きはじめる。在籍中は、オリンピック選手の海外試合帯同や社会人ラグビーチームでのメディカルトレーナーなど経験。
2016年 個人での活動をはじめ、現在まで身体にかかわる仕事をつづける。